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祗園祭の山鉾巡行と神輿渡御神幸祭、静と動のふたつの祭

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7月17日、祗園祭を見るために早起きして京都へでかけた。初めて見学した一昨年は日曜日だったので、満員電車のような人、人、人。文字通り、足の踏み場もないほどの大混雑であった。昨年と今年は平日のため、一昨年ほどではないが圧倒的な人出であるのに変わりはない。 稚児さんが長刀鉾に乗り、四条烏丸から出発する光景から撮影開始。しめ縄切り、交差点で山鉾を方向転換させる辻回し、新町御池で稚児さんが鉾から降りる場面などを撮影。神の使いとされる稚児さんは、社参の儀以降は地面に足をふれないなど、さまざまな決まり事を守りながら祭事に臨む大役である。鉾に乗込む場面や、しめ縄切りで太刀が綱を見事に断ち切った瞬間、鉾から降りるシーンでは観衆からどよめきと拍手喝采が起きる。 正午過ぎに山鉾巡行が終わったので、神輿渡御の神幸祭が行われる八坂神社へ向かう。 神幸祭は、八坂神社から市内中心部・四条寺町にある御旅所へ神輿が曳行する祭事である。24日には、神輿が御旅所から神社へ還る還幸祭が行われる。神輿は中御座、東御座、西御座の3基あり、東御座では子供神輿も同時に曳行される。 神幸祭の神事は4時頃、綾戸國中神社の久世駒形稚児が騎馬にまたがり南楼門から入ってきて始まった。 綾戸國中神社HPによれば、祗園祭は当社と八坂神社の祭礼である。 ふたつの神社の祭神はいずれも素盞嗚尊=スサノオノミコト。ご神体であるミコトの愛馬の駒形を胸に飾った稚児は神の化身とみなされるので、騎馬にまたがり神社の境内へ入ることができる。 「駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ」と記されている。 山鉾巡行と同様に、神輿渡御でも稚児さんが重要な役割を果たしている。 ■綾戸國中神社のHP http://www.ayatokunaka.com/gion.php 古代史の騎馬民族説などが想起されて、興味ぶかい。綾戸國中神社は京都市南区にある神社である。 駒形稚児 中御座神輿 駒形稚児の騎馬に先導されて中御座(祭神・スサノオノミコト)の神輿が南楼門を出てくる。 神の装束や神宝、駒形稚児、神官などの行列につづいて、中御座、子供神輿、東御座、西御座の神輿が西楼門へ向かう坂道を練り歩く。西楼門の石段下では神職さんによるお祓い。三基の神輿が高々と上...

仕事人「さだまさし」のステージ、NHKのテレビ番組「さださん、あのねin大船渡」

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歌手「さだまさし」の素晴らしいステージをNHKのテレビ番組(BS1で6月16日放映)を録画でみた。  番組タイトルは「さださん、あのね:公開復興サポート 明日へin大船渡」。 東北大震災に関連した優れたドキュメントを、NHKは数多く放映しているが、「さだまさし」のこの番組もその1本である。  番組は、最初、軽やかなのりで始まる。岩手県大船渡の会場へ集まった観衆から寄せられた、「さだまさし」へのメッセージを軸にしてステージは展開する。 観衆からのメッセージ 地元PRキャラ「おおふなドン」 例えば、三陸地方を舞台にした朝ドラ「あまちゃん」で有名になった、感嘆符「ジェ」。これと同様に、よく使われるの感嘆符が「バー」であるらしい。 大船渡エリアでの方言やさんまラーメンの話題などに次いで、頭がツバキになっているご当地PRキャラ「おおふなドン」も紹介される。  震災がらみのメッセージもいくつか紹介された。  例えば、今年の震災記念日3月11日のエピソード。追悼の意味で当日はおやつを止めにしようとしたところ、6才の孫娘がメロンパンを食べたいという。 幼児には理解できないかと思い買ったパンを、孫娘がちぎり分けて祖母に手渡し「津波でなくなった人に届くよう、仏様にたのんでちょうだい」と依頼したそうである。健気で微笑ましく、しかしまた、泣かせるエピソードでもある。 「奇跡」を歌う「さだまさし」 「奇跡」が愛唱歌だったファンの遺影 あるいはまた、夫婦ふたり「さだまさし」ファンでコンサートをいつも聴きにいっていたが、夫を震災でなくしたという婦人のメッセージも印象的である。 震災を思い出すのが辛くて、震災後は「さだまさし」の歌を一年ほど聴けなかったそうである。亡き夫が大好きだったのが「奇跡〜大きな愛のように〜」という歌。間に別のエピソードや語りを挟んで、唐突とも思えるタイミングで、婦人の手元にかかげられた遺影に語りかけるようにその「奇跡」を歌い始める。  歌いはじめる前に、さだまさしが語ったことばがこころに残る。 「津波の災害を通して、私たちが教わったもの」として「さだまさし」が語ることば=「今日生きている命というものは、確かなものとして保証されているもの...

唐招提寺、鑑真和上1250年御諱の法要と和上座像を拝観

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6月6日、奈良の唐招提寺に参詣。鑑真和上1250年御諱(ぎょき)=開山忌法要と、和上座像を拝観してきた。 命日の6日に行われた法要では、献茶や舞楽などが奉納された。 読経にあわせて舞う、小学生くらいの子供たちの姿が凛々しく、健気で、清々しく、こころを打つ。5回にわたって渡航に失敗し、6回目にようやく日本を訪れることができた高僧の遺徳を偲ぶにふさわしい奉納舞楽である。 失明してしまった和上ではあるが、舞台を踏む足音や気配に子供たちの舞姿を感じて、笑顔を浮かべておられることと思う。 舞台から引き上げた子供たちが金堂脇に退き、緊張した面持ちからほっとした笑顔に戻る表情の変化がほほえましい。 奉納舞楽 舞を奉納する子供たち 子供たちの舞楽を見学後、和上座像の拝観に向かう。肖像彫刻の傑作とされる座像は、秘仏であり、年に数日しか公開されない。 1250年の開山忌を記念して、今年は座像を模造した身代わり座像が制作され、5日に開眼法要が行われた。7日以降は、この身代わり座像が常時公開される。 御影堂へ向かう境内、小径のツツジが色鮮やか。土塀のくすんだ黄土色に映えて美しい。和上座像の拝観は、多くの方々が並んで、順番待ち。 拝観後、開山御廟に参り、新宝蔵へ向かう。 唐招提寺のトルソーと呼ばれる如来形立像は、頭部や手が失われているけれど、その立ち姿が美しい。別名、東洋のビーナスである。十一面観音立像も、細面のすっきりした表情や立ち姿が神々しい。 唐招提寺 鑑真和上身代わり座像 御影堂へ向かう中興堂前のツツジ 新宝蔵から南大門へ向かう帰り道、御影堂へ向かう身代わり座像の行列に出合う。鮮やかに彩色されて創建時の姿が再現された身代わり座像と、本来の座像の二像を運良く拝観できてうれしい。

ハトを飛ばしに行ってくる、故郷のひとびとに愛された彫刻家・高橋英吉

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31才の若さで夭折してしまった、ひとりの彫刻家に関するTV番組を見た。  NHK日曜美術館「故郷の海を彫った男 石巻の彫刻家・高橋英吉」。東日本大震災に関連した、心にしみる良質なドキュメンタリー番組のひとつである。 高橋英吉(1911-1942)についての知識はまったくなかったが、番組でいくつかの作品を鑑賞。優れた一級の彫刻家だと思う。 高橋英吉と作品「潮音」 昔も、現在も、そして将来も。彫刻家などの芸術家稼業で生活して行くのは、容易ではない。彫刻家・高橋英吉の幸せは、ふるさとのひとびとに敬愛されてきた芸術家であること。宮城県美術館で行われた企画展の来館者たちは、口々に、高橋英吉とその作品を石巻のまちの誇りと語っている。 石巻は宮城県で仙台に次いで二番目に人口の多い都市。景勝の地・松島にもほど近い。世界でも有数の漁場を間近にした、海のまちである。  若い新婚時代の思い出として奥さんが語っている。 生活費に困ると、英吉は「ハトを飛ばしに行ってくる」といって、ときたま帰郷したそうである。 ハトを飛ばす、つまり彫刻作品を売ってくるという意味らしい。ユーモアを解するおおらかな人柄を感じさせる言い草である。 生活している東京では、東京美術学校(現・東京芸術大学)をでたばかりの若い彫刻家の作品は買い手がない。しかし、ふるさと石巻には英吉の作品を購入して支援してくれるひとびとがいた。 ハトを飛ばす=作品を購入してもらうと、1ヶ月くらいは生活できたようだ。 高橋英吉の実家は回船問屋であり、大きな缶詰工場を経営していたらしい。友人・知人に裕福な階層のひとびとが多かったと思われる。 例えば、「母子像」は幼いきょうだいのいる家庭の玄関にかざられていた。子供の頭がなでられて少しすり減っているのが微笑ましい。 「少女像」という作品は、旅館の看板娘として飾られていたらしい。生活の糧となった小さな作品たちは、美術館や博物館のケースの中でこぎれいに陳列されるのではなく、生活の場におかれて親しまれてきたのである。  少女像 母子像 潮音 黒潮閑日 代表作、海の三部作「黒潮閑日」「潮音」「漁師像」は、いずれも漁師の姿をテーマにして彫っている。英吉にとって、故郷・石巻...

東大寺のお水取り、二月堂修二会のお松明を拝観

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奈良・東大寺のお水取り、二月堂修二会のお松明を拝観してきた。奈良時代の752年以来、1250年以上に渡って毎年行われてきた祭事である。 東大寺といえば大仏が有名であるが、「お水取り」は春の訪れを告げる行事として関西では知られている。3月12日深夜(13日の午前1時半頃)に、「お水取り」という儀式が行われる。このため、12日に行われる祭事と思っていた。12日は大変な人出のようなので、これまで敬遠してきた。しかし、この法会・修二会の本行は3月1日から14日まで2週間にわたって行われている。行を勤める練行衆の道明かりとして、大きな松明に火がともされる光景は12日以外でも拝観できると知り、3月6日・7日の両日、見学にでかけた。 3月6日は、竹の松明に火を点して屋根付き参道の階段をあがる光景と、松明が回廊を駆け抜ける様子をお堂の下の境内から拝観。 参道階段と回廊の松明 回廊を駆け抜ける松明 翌7日は二月堂のお堂の内部から、回廊を松明が走り抜ける光景を間近に見ることができた。 回廊を駆け抜ける松明 回廊を駆け抜ける松明 今回もキャノンのEOS Kiss X4で撮影。動画の撮影は、まずは問題なく行えた。しかし、写真の撮影は残念ながら失敗。 フラッシュ撮影は禁止されている。夜間で、しかも三脚が使えない。露出優先モードのAVでは、手ぶれする。 ISOを高く設定してシャッター速度優先のTVでチャレンジした。1/100くらいで撮影したが、連続撮影モードにしているのに連写が上手くいかない。後になって分かったことだが、「長秒時露光のノイズ軽減」を設定していた。シャッターを切った後、露光時間と同じだけノイズの軽減処置に時間が必要だったことが原因らしい。 順調に撮影できた動画から、静止画写真を切り出すことにした。従来は動画を静止させてキャプチャーしたり、MACのiMovieを使って写真を切り出していたが、結構手間ひまがかかる。 カメラに付属しているMAC用の画像処理アプリケーション、ImageBlowserを使ってみることにした。これが結構使えて、便利である。 作業手順は「編集>動画から静止画を取り出す>動画を選択>全てのフレームを取り出す」。 全ての フレームが選択されるので、いったん「 全てクリア」。取り出された静止画フレームの...

NHK日曜美術館「ふたりのキャパ」。残念ながら、ちょっと期待はずれ

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NHKのテレビ番組、日曜美術館「ふたりのキャパ」を見た。 伝説的な戦場カメラマン、ロバート・キャパをテーマにした番組である。 戦場で射殺された瞬間を撮影したとされる有名な写真、「崩れ落ちる兵士」をめぐる「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚」という傑作ドキュメンタリーをNHKスペシャルとして1ヶ月前に放映している。 アンドレ・フリードマンの写真家名として知られているロバート・キャパ。この写真家名は、当初、恋人の女性ゲルダ・タロー(本名ゲルタ・ポホリレ)とアンドレがふたりで創作した架空の写真家名であった。ゲルダもアンドレと同じ、ロバート・キャパという名前で写真を投稿していた。 つまり、キャパを名のる写真家はふたりいた、という事実は、2月に放映された「運命の一枚」の中でもすでに番組内で紹介されていた。 素晴らしい出来映えのNHKスペシャルに引き続き放映されるので、「ふたりのキャパ」について、さらに突っ込んだ解説や分析が見られるかと思って視聴したが、残念ながら期待はずれ。 「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚」はNHKスペシャル、「ふたりのキャパ」は日曜美術館。番組の位置づけや放映内容は自ずと異なるといえば、それまでである。 しかし、<「崩れ落ちる兵士」は実際の戦場で撮影されたものではない>。しかも、この有名な写真を撮影したのは<アンドレではなく、ゲルダである>というNHKスペシャルの推理内容に、一切ふれていないのはいかがなものか。 ゲスト解説者は数人いるが、キャパの足跡をかなり詳細に研究している作家・沢木耕太郎が含まれていないのも不可解である。 日曜美術館は、「ふたりのキャパ」の写真を芸術作品として紹介すればこと足りるというわけであろうか。 NHKのセクショナリズムや、お役所的な体質がほの見えるようで残念であった。 紹介されている写真はNHKスペシャルとだぶるものも多いが、目新しいものも含まれている。 演説するトロツキー 例えば、トロツキーの写真。ロバート・キャパ=アンドレ・フリードマンのカメラマンとしてのデビュー作のようである。トロツキーは、ロシアの革命家。団塊世代にとっては、なつかしい名前のひとつ。レーニンと並ぶ革命の功績者のひとりである。ユダヤ系のロシア人。 以下の写真は、NHKスペシャルでも紹介され...

ノンフィクションTV番組の傑作、NHKスペシャル「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚」

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写真に関わる、素晴らしいテレビ番組を見た。戦場カメラマンとして知られる、ロバート・キャパの有名な写真「崩れ落ちる兵士」をめぐるノンフィクションである。 NHKスペシャル「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚~"戦場"写真 最大の謎に挑む~」。番組名は少し長いが、一級の作品である。 ロバート・キャパ 崩れ落ちる兵士 スペイン内戦のさなか、銃弾によって身体を撃ち抜かれた兵士の「死の瞬間」を捉えたとされる「崩れ落ちる兵士」。この写真と同じときに撮影したと思われる、一連のプリント写真43枚を分析した結果、思いがけない「真実」が浮かび上がってくる。 撮影した現地を訪ね試し撮りした結果や、現地関係者の取材、プリント写真の分析を元にして、推理ドキュメントと形容するにふさわしい見事な推論が展開される。 作家、沢木耕太郎とプロジェクトチームが推察する仮説は、以下1)3)のとおり。 1)「崩れ落ちる兵士」は、実際の戦闘現場ではなく訓練のシーンを撮影したものである。 同じときに撮影された一連のプリント写真。兵士たちのライフル銃の銃身元を見ると、レバーが実弾が装填されていない位置にある。また、撮影された年月日には、現地がまだ戦場になっていなかった。 つまり、実際の戦場で撮影したのではなく、訓練や演習をしている兵士たちを撮影した写真であることが明らかである。 2)ロバート・キャパとは誰か?当初、ふたりの恋人同士の写真家名であり、後に男ひとりの名称となった。 もっと、驚くべき「真実」も推察されている。しかし、その前にロバート・キャパとは誰か、という問題にふれておかなければならない。 ロバート・キャパは、一般的にはアンドレ・フリードマン(1910年生/1937年没)の写真家名として知られている。 ゲルダ・タローとアンドレ・フリードマン しかし、ネット百科事典ウィキペディア「ゲルダ・タロー」によれば、当初は、恋人の女性ゲルダ・タロー(本名ゲルタ・ポホリレ、1910年生/1937年没)とアンドレ・フリードマンふたりで共有する写真家名として創作されたものであった。 ちなみに、ゲルダたちは日本からフランスへ遊学していた画家の岡田太郎と交流があったらしくタローの名はそれにちなんで名付けられたようだ。 ■ http...

大阪国際女子マラソン、健闘したが福士加代子はゴール間近で追い抜かれて2位

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1月27日は、第32回大阪国際女子マラソンを見学。ときどき粉雪が舞う、寒い一日だった。ランナーにとっては、体温が上昇せず、いい気候といえるかも知れない。 長居陸上競技場で、スタートの光景をまず撮影。走行するランナーを追いかけて競技場の外へ出て、我孫子筋へ移動。さらに地下鉄に乗って「淀屋橋」へ。「淀屋橋」から折り返し地点の「なんば」へ移動し、レース途中の走行風景を撮影。「なんば」から再び長居陸上競技場へ戻りゴールシーンを撮影した。 スタート風景 第一コーナーを回る選手たち タチアナ・ガメラシュミルコ(ウクライナ)が2時間23分58秒で初優勝。前回2位、ロンドン五輪5位の選手である。日本の有力選手のひとり、福士加代子はゴール間近までトップを走っていたが、陸上競技場へ入る手前で優勝した選手に追い抜かれてしまい、残念ながら2位。 優勝したタチアナ・ガメラシュミルコ 健闘して2位でゴールした福士加代子 大阪国際女子マラソンは、福士加代子が初マラソンで惨敗したレースである。30km付近まで、福士が後続を大きく突き放し独走していたがスタミナ切れを起こして失速。十数人の選手に次々と追い抜かれ、フラフラの状況。もうろうとしながらも走り続け、競技場に入って何回も転倒してしまったシーンをTVで見ていた記憶がある。前年も終盤に失速して9位に終わっており、あまり相性のいいコースとは言えない。 福士加代子としてはトラウマを解消し、雪辱したいという強い意志で今回のレースに挑んだと思われる。その意味で、今回は大健闘であり、勝たしてやりたかったレースではある。 長居陸上競技場の大型スクリーンでも走行風景が映されていたが、タチアナに追い抜かれるシーンでは観衆から大きなため息が漏れていたのが印象的である。 若手の渡辺裕子が3位。ママさん選手の小崎まりが4位。日本選手が活躍したレースである。 タチアナの優勝記録2時間23分58秒は、100mの記録に換算すると20.47秒。5km換算で約17分。 陸上競技選手ではない一般人の走行タイムは、100m13〜15秒くらいかと思う。42.195kmという長距離を100m・20秒で走行するのはビックリするほどのスピードである。 ちなみに、裸足の無名ランナーが優勝して話題となった1960年のロー...

男の手料理:ヒイラギ(ギンタ)の煮付け

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近所の魚屋さんでギンタをみかけたので、購入した。うまい魚である。 ウロコもないので料理は簡単。煮付けにして、食することにした。 平たい楕円形、銀色に輝く5〜6センチくらいの小さな魚である。 小さい魚なので食べるのが少し面倒ではあるが、白身はヒラメやタイのハラミのような食感。ほどよくアブラがのっていて、美味しい。 ハラにはキモがあり、これが絶品である。トロッとした食感、ほんのりとした甘みの中にほどよい苦みが心地よい。 スーパーではあまり売っていないけれど、近所の魚屋さんでみかけたら一度手料理してみてほしい。 ■料理方法 1)ヒイラギ(ギンタ)を流水で水洗いする。 2)水、砂糖、酒、醤油で煮汁をつくり、火にかける。 3)薬味をつくる。梅干し2〜3個、白ネギの薄切り、ショウガの千切り。 4)煮汁が煮立ってきたら、ヒイラギ(ギンタ)と薬味を投入する。 5)ガスを強火から中火にして、アクをとりながら5〜6分ほど煮込む。 6)煮汁にみりんと酢を加えて、少し煮込み、火を消し出来上がり。 <追記> ネットで「魚 ギンタ」を検索したら、どうやら標準和名「ヒイラギ」という魚らしい。 ◎ヒイラギ(wikipedia) http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒイラギ_(魚) wikipediaによれば、標準和名「ヒイラギ」は下記のようにさまざまな地方名で呼ばれている。 ギチ(東京)、ギラ(千葉)、ジンダ(ジンダベラとも)、ネコゴロシ(ネコマタギとも)(静岡)、ゼンメ(愛知)、ネコナカセ(浜名湖)、ギンタ(和歌山)、ネラギ(大阪)、ダイチョオ(兵庫)、ネコクワズ(淡路島)、エノハ(鳥取)、ギギ、ゲッケ(岡山)、ギンギン、ギンガー(広島)、ニイラギ(愛媛)、ニロギ(高知)、トンマ、トンバ(福岡)、ヒイラギ(長崎)、シイノフタ(熊本) おいしい魚であるのに、猫も食わない=ネコゴロシ、ネコマタギ、ネコクワズ=といった別名があるのが面白い。今や高級魚のマグロも、かつて同じような評価を受けていたようである。

YouTubeのマイチャンネルを削除してしまった?!

ちょっと恥ずかしい話であるが、YouTubeのマイチャンネルを、誤って削除してしまった。 Googleのソーシャルネットワークサービス、Google+の登録項目を無効にしようとしたところ、情けないことにYouTubeのマイチャンネルもキレイさっぱり消えてしまった。泣くに泣けない事態である。 マイチャンネルを、新たに作成しなければならなくなった。 少なくとも、このブログからリンクしている動画だけでもビデオを投稿し直そうと思うが、時間がどれだけかかることやら。 自業自得とはいえ、ちょっとショックな事件である。 追記) 投稿動画は消えてなかった!「非公開」に切り替わっていた ビデオを投稿し直そうとして、YouTubeにアクセス。マイチャンネルそのものは生きていることがわかった。ただし、Blogから個別の動画にアクセスしようとするとリンク切れで再生できない。リンク切れになっているので、公開済みの動画はすべて削除されてしまっていると思っていた。 しかし、そうではなかった。 動画管理のページを見てみると、以前投稿した動画が残っているのが分かった。 マイチャンネルの動画が、「公開」から「非公開」にすべて切り替わっていたのである。「非公開」から「公開」に変更することでBlogからのリンク切れが解消される。 投稿済み動画をひとつひとつ「非公開」から「公開」に設定し直す手間はかかるけれど、新たに投稿し直すことに比較すれば、ずいぶん楽である。 一括設定の方法もあるかもしれないけれど、発見できないのでコツコツ設定し直すことにする。 冷や汗をかいたが、まずはひと安心である。

泉州の奇祭とよばれる祭礼、石津太神社の火渡り神事「やっさいほっさい」

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今年最後のお祭り、石津太(いわつた)神社の火渡り神事「やっさいほっさい」を見学してきた。 太古の昔、戎(えびす)さんが浜に漂着した時に、漁師たちが篝火を焚いて迎えた故事に因む火祭である。 江戸時代から、毎年、12月14日に行われてきたと伝承される。戎(えびす)さんは、七福神のひとつ。七福神の絵図では、釣竿を持ち鯛を釣り上げた姿で描かれることが多い。  石津太神社の創建は、おそろしく古い。社伝によれば、紀元「前」469年と伝承されている。『古事記』『日本書紀』に伝えられる第5代天皇、孝昭天皇の時代である。神社の石柱には、我が国最古のえびす神社と記されている。  参道の広場には、2〜3mの高さに祈願用の薪が格子状に積み重ねられている。夜、8時。照明が消えて真っ暗になり、神火が薪に点火される。 上半身は裸、白いサラシの胴巻きとパッチのいでたちの男たちが、「やっさいほっさい」という掛声をかけながら点火された薪の周辺を回る。 かなり勢いよく火が燃え上がり、火の粉がはじけて飛んでくる。祭事の進行状況を説明する女性アナウンサーが「今年はとくに、勢いよく火が燃え上がるようです。危険ですからご注意ください」と警告するほどである。 格子状の薪が、燃え上がり徐々に崩れてくると、竹で平坦にならす火伏神事が行われる。火渡りの下準備である。 勢いよく燃え上がる祈願用の薪 火伏せ神事 点火から約1時間たった、9時。いよいよ、火渡り神事が始まる。 戎(えびす)神に仮装した神人を、3人の若者が担いで本殿から参道の広場へやってくる。両足を前ひとりがかつぎ、後ろふたりが背中と両腕を支える。 東の鳥居側から、西の本殿へ向かって熾き火の上を一気に駆け抜ける。 熾き火を駆け抜けた直後に、足を担いだ前のひとりが転んでしまうハプニングがあったが、大事にはいたらなかったようでひと安心。 えびす神に扮した神人を担いで火渡り 火渡りの途中で転倒 本殿からもう一度広場へ戻ってきて、西から東へ熾き火を渡る。さらに引き返して東から西へ火渡りを行い、引き続いて神社のまわりを「やっさいほっさい」と掛声をかけながら周回する神事に向かう。  戎(えびす)神たちの火渡り神事が終わったあとは、一般の参拝客も火渡り神事...

デジカメで撮影した写真をフチなしプリントすると、元データと異なる:その理由

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交換レンズのトラブルを解消していただいたDPEのお店に感謝 近所の写真プリントDPEのお店に、感謝しなければならない。愛用しているカメラの交換レンズEF-S18-135mmのトラブル=保護用のレンズが交換レンズの本体に食い込んでしまって外れなくなっていたのを、取り外してもらった。 購入した家電量販店にもちこめば、まずはメーカーに修理依頼となるのが相場。ダメもとで依頼してみようと思い、近所のカメラ屋さん=DPEショップを訪ねた。幸いにも、快く引き受け直していただいたのである。 しかも、修理の手数料を聞いたところ、「いらない」との返答。  修理代金ナシでは申し訳ないと思い、とりあえず近くの和菓子屋さんで気持ばかりの菓子折りを買ってお礼。後日、あらためて、撮影した写真のプリントを依頼することにした。  アナログカメラの時代には、撮影した子供の写真などをよくプリントしていたが、デジタルカメラを持つようになってからはプリントすることが全然なくなった。何十年ぶりかのプリント依頼である。 プリントした写真と、元データを見比べて気づいたこと  ハガキの2倍サイズの2K版(152×205mm)への引き延ばしプリントを、10枚ほどオーダーした。 フチなしでプリントされた写真を自宅に持ち帰り見てみると、違和感がある。何かオカシイ感じなのだ。  写真元データとプリントを見比べてみて、原因が分かった。プリントした写真は、元のデータと比較して左右がカットされている。 写真の元データ 縦横比率2:3 プリント写真 縦横比率3:4 フチなしでプリントされている印画紙の縦横比率は、約3:4。プリントの元になるEOS Kiss X4の写真データの縦横比率は、2:3である。縦(天地)を優先してフチなしプリントすると、横(左右)がカットされることになる。  よく使われる写真用紙 L版は縦横3:4、一眼レフ画像は縦横2:3 プリントすると横(左右)がカットされる 私の持っているデジカメIXY DIGITAL 900ISなど、コンパクトカメラの場合は一般的に縦横比率は3:4。  同じく、一眼レフデジカメの場合は、縦横比率はアナログ35mm一眼レフカメラに準じる2:3。こ...

京都の紅葉名所を再訪:東福寺、嵯峨野竹林の道・常寂光寺、嵐山

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今年の紅葉も、そろそろ見納めの季節である。  テレビの紅葉特集で東福寺と嵯峨野・竹林の道を紹介しているのを見た家のカミさんが、行ってみたいという。 11月29日、ふたりで京都の紅葉名所を再訪問した。 朝早く家をでようとしたところ、思わぬトラブル。最近、動画モードの撮影にもトライアルしているカメラEOS Kiss X4に問題発生。レンズカバーが、斜めに食い込んでいて外れなくなっている。  あわてて弄っていると、レンズカバーは何とか外れた。しかし、カバーをはずすためにねじってしまったのか。防護レンズが割れてしまい、外れなくなってしまった。電車の時間に間に合わないので、替えの交換レンズを装着して出かけることにした。  問題発生のレンズはEF-S18-135mm。35mm判換算で29mmから216mm相当のズームレンズ。広角・標準・望遠の3機能を備えた便利なレンズなので愛用している。やむ終えず装着してでかけたのは望遠系のズームレンズEF-S55-250mm。35mm判換算で88mmから400mm相当である。手ぶれが心配であるが、望遠系のズームレンズでどんな絵がとれるか試してみることにした。  1)東福寺:臥雲橋から望む通天橋、通天橋から望む渓谷・洗玉澗の見事な紅葉  まず最初は、京都の紅葉名所の代表的な存在=東福寺。JR京都駅からひと駅という便利な立地もあり、前回訪れたときと同様に大変な混雑ぶりである。北門から入り、参道の橋廊・臥雲橋に向かう。臥雲橋からは、左手目の前に樹々の紅葉が広がり、奥に屋根付き橋廊・通天橋を望むことができる。 通天橋 臥雲橋  東福寺の境内には渓谷が東西に流れており、渓谷・洗玉澗のまわりが庭園になっている。渓谷に架けられた回廊の一部が屋根付きの橋廊・臥雲橋と臥雲橋である。庭園の回廊から望む紅葉は見事であったが、すでに盛りをすぎた感があるのが残念だった。  ■東福寺  http://www.tofukuji.jp/index2.html  2)嵯峨野・嵐山:竹林の道を走る人力車、踏切ではトロッコ列車に遭遇  昨年、趣ゆたかな竹林の散策道にたまたま遭遇したのは、常寂光寺から天龍寺へ向...