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和泉だんじり祭、急な坂道を上る聖神社への宮入りと神輿渡御

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和泉市の信太・幸地区、信太連合のだんじり祭は、聖神社への宮入りと神輿渡御が見どころである。今年はじめて見学にでかけた。 熊野街道に近い山裾の住宅街にある一の鳥居から山上の神社へ、標高差約50m・約400mの急な長い坂道を上ってだんじりが宮入りする。 曳き手にとってはひどく疲れを感じる、関西の方言でいうとかなりシンドイ宮入りである。 各地のだんじり祭の中でも、もっとも過酷で厳しい宮入りかも知れない。 曳き手たちはだんじりを曳いて、急な坂道を掛声とともに上がって行く。だんじりは4トン近い重さ。厳しく辛い曳行である。 神社へ上がる坂道の途中では、白い上下の衣装に身を包んだひとびとが数十人出迎え。曳き手たちを拍手で迎え、激励する。 身体的に過酷でハードな分、坂道を上り切って山上神社の二の鳥居が見えてくるときの喜びも大きいはずだ。 山上の神社へ向かって、長い急な坂道を上って宮入りするだんじり もうひとつの特長は、神輿渡御である。 当番町のひとびとが聖神社から神輿を担ぎ出し、禅宗のお寺・蔭涼寺へ参詣した後、御旅所を経て氏子の町内へ神輿渡御を行う。 坂の途中でだんじりを迎えたひとびとは、神輿を担ぐ当番町・上代町のひとたちである。 聖神社の境内、宮入りしただんじりの前を神輿が渡御する 信太連合のだんじりは、上町・上代町・尾井町・王子町・葛の葉町・幸町・太町・富秋町・宮本町の9町。神輿を担ぐ今年の当番町は、上代町である。 神輿当番町を除く8町のだんじりが見守る中を、白い上下衣装のひとびとが神輿を担ぎ境内を練り歩いた後、宮出する。だんじりと神輿が神社境内でいっしょに並ぶ渡御の光景は、他地区のだんじり祭ではあまり見かけない光景である。 各町のだんじりは宮出の後、鶴山台団地の中でやり回し。坂を下ってふもとの各町へ帰り、午後はだんじり曳行を休止する。 宮入りが行われる本宮の日は、氏子の町々を神輿が渡御するからである。 このため、和泉市、信太連合のだんじり祭は、宵宮・本宮・後宮の3日間にわたって行われる。 聖神社は和泉五社のひとつ。創建は白鳳3年(675年)、あるいはもっと古く神武天皇東征の際とされるほどで、かなり古い由緒のあるお宮さんである。 豊臣秀頼が造営したとされる本殿は、建て替えられて真新しくなっている。 ...

岸和田だんじり祭・宮入り 城を背にしてお堀端を曳行するだんじりの美しさ

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9月15日、本宮。台風の影響で天気予報は雨であったが、岸和田だんじり祭の宮入りを見学に出かけた。 家を出るときには雨がふっていたが、蛸地蔵駅に着いた頃には雨が止み曇天に変わっていた。 岸城神社の前を通って、岸和田市役所へ向かう。目当ては、もちろん、こなから坂のやり回し。市役所からお城へ向かう坂を、だんじりが猛スピードでやり回しをして駆け上がる光景は何度見ても迫力がある。 宮入りのもうひとつの楽しみは、お堀端をゆっくりと曳行するだんじりの光景。お城を背にして、手前にだんじりのある姿。逆に、お城を手前にしてお堀の彼方にだんじりを望む姿。いずれも、風情豊かで美しい。 お城を背にしてゆっくりと曳かれるだんじり 宮入りを待って停止中のだんじり 荒々しく粗野なイメージを抱いて敬遠しておられる方には、岸和田城のお堀端をめぐるだんじりの絵になる姿を、ぜひ一度見てほしい。 宮入りしてお祓いを受けるために、3基くらいのだんじりが順番待ちをしてお堀端で停止する。 子供が大屋根に乗っているだんじり お堀端で待機中のだんじり 待機中は、小さな子供たちが、時には主役となる。大工方が乗る大屋根に乗せてもらったり、だんじりの中に座りお祭り囃子を演奏したり、楽しい時間を過ごすことができる。小学1〜2年生くらいの子供たちが笛・太鼓・鉦を見事にあやつり、生き生きと祭り囃子を演奏している光景は見ている私たちも幸せな気分にさせてくれる。 岸城神社にお参りした曳き手の子供たち 神官からお祓いを受けるだんじり お堀端でだんじりを眺めているうちに、雨が降り出してしまった。雨宿りをかねて、だんじり宮入りの光景を見物に岸城神社へ向かう。だんじりがお祓いを受けたり、町の役員たちが御清めを受けたりする場面も拝観できた。 勇壮なやり回しが脚光を浴びがちであるが、だんじりが岸和田城のお堀端を曳行するありさまもまた、見応えがある。やり回しの躍動感に対して、こちらは和やかな静謐感。城下町ならではの歴史や伝統を感じさせる光景である。古い町家や寺院がが残る紀州街道のまちなみ保全地区を曳行する様子も情緒がある。