ヤマガラの水遊び リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 04, 2021 近所の公園の水鉢に野鳥ヤマガラがやって来て水遊びをしている。寒い冬の季節なのに元気一杯でした。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
男の手料理:ヒイラギ(ギンタ)の煮付け 1月 24, 2013 近所の魚屋さんでギンタをみかけたので、購入した。うまい魚である。 ウロコもないので料理は簡単。煮付けにして、食することにした。 平たい楕円形、銀色に輝く5〜6センチくらいの小さな魚である。 小さい魚なので食べるのが少し面倒ではあるが、白身はヒラメやタイのハラミのような食感。ほどよくアブラがのっていて、美味しい。 ハラにはキモがあり、これが絶品である。トロッとした食感、ほんのりとした甘みの中にほどよい苦みが心地よい。 スーパーではあまり売っていないけれど、近所の魚屋さんでみかけたら一度手料理してみてほしい。 ■料理方法 1)ヒイラギ(ギンタ)を流水で水洗いする。 2)水、砂糖、酒、醤油で煮汁をつくり、火にかける。 3)薬味をつくる。梅干し2〜3個、白ネギの薄切り、ショウガの千切り。 4)煮汁が煮立ってきたら、ヒイラギ(ギンタ)と薬味を投入する。 5)ガスを強火から中火にして、アクをとりながら5〜6分ほど煮込む。 6)煮汁にみりんと酢を加えて、少し煮込み、火を消し出来上がり。 <追記> ネットで「魚 ギンタ」を検索したら、どうやら標準和名「ヒイラギ」という魚らしい。 ◎ヒイラギ(wikipedia) http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒイラギ_(魚) wikipediaによれば、標準和名「ヒイラギ」は下記のようにさまざまな地方名で呼ばれている。 ギチ(東京)、ギラ(千葉)、ジンダ(ジンダベラとも)、ネコゴロシ(ネコマタギとも)(静岡)、ゼンメ(愛知)、ネコナカセ(浜名湖)、ギンタ(和歌山)、ネラギ(大阪)、ダイチョオ(兵庫)、ネコクワズ(淡路島)、エノハ(鳥取)、ギギ、ゲッケ(岡山)、ギンギン、ギンガー(広島)、ニイラギ(愛媛)、ニロギ(高知)、トンマ、トンバ(福岡)、ヒイラギ(長崎)、シイノフタ(熊本) おいしい魚であるのに、猫も食わない=ネコゴロシ、ネコマタギ、ネコクワズ=といった別名があるのが面白い。今や高級魚のマグロも、かつて同じような評価を受けていたようである。 続きを読む
現代の大阪市中心部(北区・中央区・西区など)は昔、海だった 11月 09, 2012 難波宮(なにわのみや)は、大和王朝の古代宮殿 四天王寺ワッソの会場となった難波宮跡の史跡公園は、大阪府庁や大阪城の南部に位置する。会場からは大阪歴史博物館やNHK大阪放送会館などのビルが見渡せる都心エリアである。 四天王寺ワッソ会場 難波宮跡公園 四天王寺ワッソ会場 難波宮跡公園 難波宮(なにわのみや)は、飛鳥時代・奈良時代に当地にあった古代宮殿。 飛鳥に先駆ける古墳時代に、仁徳天皇が上町台地の当地に宮殿を置いたと伝承されている。上町台地を削り、河内湖と大阪湾を結ぶ運河=堀川を掘削する大土木工事を行ったようである。 古代の難波宮周辺は、西に大阪湾、東に河内湖(潟)の間を南北に貫く岬のように突き出した上町台地の北端部分【下図参照】である。 大阪の古地理図(弥生時代中期) (c)趙哲済・松田順一郎 大阪の古地理図 河内湖Iの時代(弥生〜古墳時代) (c)梶山彦太郎・市原実 建造された当時、巨大古墳は葺石に覆われた石山のような景観 瀬戸内海を航海してきた中国や朝鮮の交易船は、大阪湾で堺市の大仙古墳(伝・仁徳天皇陵)ミサンザイ古墳(伝・履中天皇陵)を望み、河内湖に入ると羽曳野市の誉田御廟山古墳(伝・応神天皇陵)などの巨大古墳を望みながら、わが国へ上陸したことであろう。 ちなみに、現在各地で見られる古墳は松などの樹々が生い茂る森のような外観をしているが、古代に建造された当時は異なる景観であったようだ。エジプトのピラミッドなどと同様に、頑丈な葺石に覆われ、円筒埴輪などが並べられた人口の石山(石塚)のような景観をしていたと推察されている。 海上を曳行する船から望むと、素晴らしい眺めだったであったろう。 ■葺石 http://ja.wikipedia.org/wiki/葺石 葺石に覆われた景観を再現した五色塚古墳 葺石に覆われた景観を再現した五色塚古墳 難波宮付近は、海外各国との交流拠点となる国際貿易の港 難波宮付近は、当時、中国や朝鮮半島との交流の拠点となる国際貿易港であった。大規模な倉庫群跡も発掘されている。時代の先端を行く流行の発信基地だったのだ。 上町台地の西側=現代の大阪市中心部(北区・中央区・西区など)は、当時は海=大阪湾であった。京... 続きを読む
和泉だんじり祭、急な坂道を上る聖神社への宮入りと神輿渡御 10月 20, 2014 和泉市の信太・幸地区、信太連合のだんじり祭は、聖神社への宮入りと神輿渡御が見どころである。今年はじめて見学にでかけた。 熊野街道に近い山裾の住宅街にある一の鳥居から山上の神社へ、標高差約50m・約400mの急な長い坂道を上ってだんじりが宮入りする。 曳き手にとってはひどく疲れを感じる、関西の方言でいうとかなりシンドイ宮入りである。 各地のだんじり祭の中でも、もっとも過酷で厳しい宮入りかも知れない。 曳き手たちはだんじりを曳いて、急な坂道を掛声とともに上がって行く。だんじりは4トン近い重さ。厳しく辛い曳行である。 神社へ上がる坂道の途中では、白い上下の衣装に身を包んだひとびとが数十人出迎え。曳き手たちを拍手で迎え、激励する。 身体的に過酷でハードな分、坂道を上り切って山上神社の二の鳥居が見えてくるときの喜びも大きいはずだ。 山上の神社へ向かって、長い急な坂道を上って宮入りするだんじり もうひとつの特長は、神輿渡御である。 当番町のひとびとが聖神社から神輿を担ぎ出し、禅宗のお寺・蔭涼寺へ参詣した後、御旅所を経て氏子の町内へ神輿渡御を行う。 坂の途中でだんじりを迎えたひとびとは、神輿を担ぐ当番町・上代町のひとたちである。 聖神社の境内、宮入りしただんじりの前を神輿が渡御する 信太連合のだんじりは、上町・上代町・尾井町・王子町・葛の葉町・幸町・太町・富秋町・宮本町の9町。神輿を担ぐ今年の当番町は、上代町である。 神輿当番町を除く8町のだんじりが見守る中を、白い上下衣装のひとびとが神輿を担ぎ境内を練り歩いた後、宮出する。だんじりと神輿が神社境内でいっしょに並ぶ渡御の光景は、他地区のだんじり祭ではあまり見かけない光景である。 各町のだんじりは宮出の後、鶴山台団地の中でやり回し。坂を下ってふもとの各町へ帰り、午後はだんじり曳行を休止する。 宮入りが行われる本宮の日は、氏子の町々を神輿が渡御するからである。 このため、和泉市、信太連合のだんじり祭は、宵宮・本宮・後宮の3日間にわたって行われる。 聖神社は和泉五社のひとつ。創建は白鳳3年(675年)、あるいはもっと古く神武天皇東征の際とされるほどで、かなり古い由緒のあるお宮さんである。 豊臣秀頼が造営したとされる本殿は、建て替えられて真新しくなっている。 ... 続きを読む