写真に関わる、素晴らしいテレビ番組を見た。戦場カメラマンとして知られる、ロバート・キャパの有名な写真「崩れ落ちる兵士」をめぐるノンフィクションである。
NHKスペシャル「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚~"戦場"写真 最大の謎に挑む~」。番組名は少し長いが、一級の作品である。
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ロバート・キャパ 崩れ落ちる兵士 |
スペイン内戦のさなか、銃弾によって身体を撃ち抜かれた兵士の「死の瞬間」を捉えたとされる「崩れ落ちる兵士」。この写真と同じときに撮影したと思われる、一連のプリント写真43枚を分析した結果、思いがけない「真実」が浮かび上がってくる。
撮影した現地を訪ね試し撮りした結果や、現地関係者の取材、プリント写真の分析を元にして、推理ドキュメントと形容するにふさわしい見事な推論が展開される。
作家、沢木耕太郎とプロジェクトチームが推察する仮説は、以下1)3)のとおり。
1)「崩れ落ちる兵士」は、実際の戦闘現場ではなく訓練のシーンを撮影したものである。
同じときに撮影された一連のプリント写真。兵士たちのライフル銃の銃身元を見ると、レバーが実弾が装填されていない位置にある。また、撮影された年月日には、現地がまだ戦場になっていなかった。
つまり、実際の戦場で撮影したのではなく、訓練や演習をしている兵士たちを撮影した写真であることが明らかである。
2)ロバート・キャパとは誰か?当初、ふたりの恋人同士の写真家名であり、後に男ひとりの名称となった。
もっと、驚くべき「真実」も推察されている。しかし、その前にロバート・キャパとは誰か、という問題にふれておかなければならない。
ロバート・キャパは、一般的にはアンドレ・フリードマン(1910年生/1937年没)の写真家名として知られている。
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ゲルダ・タローとアンドレ・フリードマン |
しかし、ネット百科事典ウィキペディア「ゲルダ・タロー」によれば、当初は、恋人の女性ゲルダ・タロー(本名ゲルタ・ポホリレ、1910年生/1937年没)とアンドレ・フリードマンふたりで共有する写真家名として創作されたものであった。
ちなみに、ゲルダたちは日本からフランスへ遊学していた画家の岡田太郎と交流があったらしくタローの名はそれにちなんで名付けられたようだ。
ふたりが、「ロバート・キャパ」という名を使って報道写真の撮影と売り込みをはじめたのは、1936年春。同年7月のスペイン内戦勃発と共に従軍し、9月に「崩れ落ちる兵士」を撮影した。
その後、タローが写真家として自立し、男性のフリードマンが「キャパ」の名前を使い続けたと記載されている。
3)「崩れ落ちる兵士」を撮影したのは、アンドレ・フリードマンではなく恋人のゲルダ・タローである。
「兵士」の直前に撮影されたと思われる一枚の写真を手がかりにして、もうひとつの、もっと驚くべき「真実」が浮かび上がる。
有名な「兵士」の写真を撮影したのはアンドレではなく、恋人の女性ゲルダ・タローであると推察されるのだ。
「兵士」に関連した一連のプリント写真の中には、アンドレ・フリードマンと恋人ゲルダ・タローの写真が入り交じっている。
使ったカメラはアンドレ・フリードマンがライカ、ゲルダはローライフレックスである。ネガサイズはライカ横3:縦2、ローライは6×6サイズの1:1。
「兵士」はプリント時トリミングされていて横長になっているが、ライカではなくローライで撮影されたと推察される。プリントと現地での試し撮りを比較対照しながら進められるこの辺りの推理過程は、実証的で説得力がある。
ゲルダ・タローは、1937年スペイン内戦の取材撮影中に命を落としている。写真誌ライフに「兵士」の写真が掲載され、ロバート・キャパの名が世界的な脚光をあびる直前の出来事である。
番組の中で紹介されている写真をみても、チカラのある写真家だったようである。
4)実際の戦闘現場で撮影されたものでない、とキャパが告白しなかったのはなぜか。
ロバート・キャパ=アンドレ・フリードマンは、ハンガリーで生まれたユダヤ人である。
1936年のスペイン内戦は、第二次世界大戦の前哨戦である。造反した軍部はドイツやイタリアのファシストが支援し、人民戦線政府は各国の義勇兵が支援した。雑誌ライフで紹介されて脚光をあびたこともあり、写真「崩れ落ちる兵士」は、ピカソの絵画ゲルニカと並んで反ファシズム闘争のシンボル的存在となっていた。
政治的・社会的な時代状況の中で、沈黙を守らざるを得なかったのではないか。
5)恋人ゲルダが亡くなった後も、アンドレがロバート・キャパの名を使い続けたのはなぜか。
自分で撮影した写真ではないのに、写真「兵士」をアンドレ・フリードマンがロバート・キャパの名で発表した理由は容易である。1936年の撮影当時、恋人の女性ゲルダとアンドレふたりで共通の写真家名を名のっていたからだ。
では、恋人ゲルダが写真家として自立し、戦場で亡くなった後も、アンドレがロバート・キャパの名を使い続けたのはなぜか。
写真家名として圧倒的な知名度を有していたから、だけではないと思う。恋人であり、写真家としての同士的な絆を結んだ戦友への愛惜と敬愛の念もひときわ深かったはずだ。
1944年にはノルマンディー上陸作戦に同行した戦場写真などは、みごとな出来映えである。
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ロバート・キャパ ノルマンディ上陸作戦 |
撮影したのが誰かわからないが、TV番組の中に挿入された一枚の写真が忘れがたい。戦乱で画面手前の方へ避難する住民たちの集団と逆に、奥の戦場へ向かって肩を寄せ合いながら歩くアンドレとゲルダの後ろ姿がひときわ印象的である。
颯爽と前を歩くゲルダ、その直後に従うアンドレの姿は、ふたりの関係を象徴しているようで微笑ましい。
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戦場へ向かうアンドレとゲルダ(後ろ姿のふたり) |
素晴らしい作品を制作した作家・沢木耕太郎とNHKの制作スタッフ(撮影・菅井禎亮、映像技術・眞舩毅、映像デザイン・竹下裕章、CG制作・河合一成、小林和彦、VFX制作・高口英史、ディレクター・国分拓、制作統括・伊藤純)に拍手を贈りたい。
<追記>
ブログに推理の結論まで記すのはどうかと躊躇し迷ったけれど、結局、番組の内容をあえて文章にした
。「兵士」に関連した一連のプリント写真から、1)や3)という結論を推理する論証のプロセス自体がスリリングであり面白い番組なのだ。
優れた一級品のドキュメンタリーであり、再放送される可能性が高い。その際は、少しでも多くの方にみてほしいと思う。