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祭まで2週間、上町だんじりの丹精こめたツツミ巻き作業を見学

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岸和田だんじり祭が近い。岸和田市浜手の旧市&春木地区では9月、岸和田山手地区では10月に行われる。 例年は祭の当日のみにでかけていたが、昨年は試験曳きをはじめて見学。 今年は南町・中之濱町のだんじり修理後の披露曳行も見学して、祭当日だけではなく途中の日々もまた味わい深いことに改めて気づいた。 「岸ぶら」の小学生ブロガー・ケロスケくんの「自転車で駆け巡るだんじり小屋」という面白い記事に誘われて、祭を間近にした町の様子を見学にでかけた。 http://kishibura.jp/blog/kero/2014/08/%e3%81%a0%e3%82%93%e3%81%98%e3%82%8a%e5%b0%8f%e5%b1%8b.html/trackback お目当ては、ケロスケくんが「昭和4年に作られただんじりなので、木の色が濃い」とコメントした上町のだんじり。上町は、岸城神社への宮入り順がくじ不要の2番と決まっている。 このだんじりは、町が景気のいい頃に作られた傑作である。素材のケヤキは一級品。造作や彫刻も出来がいいと定評があるようだ。 30〜40代くらいの年配のベテラン数人を中心に、青年団の数十人の若者たちがだんじりの曳行準備をする様子を運良く見学できた。江弘毅さんの「だんじり若頭日記」によるとツツミ巻きという作業のようだ。 ツツミ巻きは、前梃子を差し込む舵取り部分の重要な綱(だんじりの前面下部にある8の字を横にしたかたちに結ばれた綱)を編み込んで行く作業である。 木槌で打ったり、ひとが上に乗って踏ん張ったり、青年団が綱をぎゅっと引いたりしながら2時間あまり。入念で綿密に緊縛していく様子はさすがである。 作業の途中、大工方の団扇を手にした小学低学年くらいの少年がだんじりに上がり、ひとりでだんじり囃子を奏でる。最初は手のひらで、ついで大太鼓・小太鼓のバチを持ちあざやかに独演。なかなか見事な演奏である。 地車の調整は何か少し課題が残ったようであるが、綱の緊縛を終えた後は囃子方の青年たちがだんじりに上がり祭囃子の練習開始。笛のパートがいなかったのは残念であったが、だんじり囃子を楽しむことができた。 間近にじっくり彫刻を見学できたのもうれしい。 地車の調整に数時間かけて取り組むプロセスをみて、華やかな曳行を支える影の苦...

歯科の待ち合い室で「さっちゃんのまほうのて」を読んだ。胸を打たれるいい絵本である。

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治療にでかけた歯科の待合室で、待ち時間に絵本「さっちゃんのまほうのて」を読んだ。 たばたせいいち、先天性四肢障害児父母の会、のべあきこ、しざわさよこの共同制作。1985年に偕成社から出版されたロングセラー。味わい深い絵本である。 表紙の絵と書名タイトルにひかれて、手に取ってしまった。泣いている女の子の表情からは深い悲しみと激しい怒りが感じられる。子供向きの絵本とは思えない異様な緊張感のある絵である。 成人した子供を持つ、いい年のオヤジが子供の絵本を読む。あまり見栄えの良い姿ではないが、内容にひかれて最後まで読んでしまった。 生まれつき手に障がいをもつ幼稚園児「さっちゃん」の物語である。 友達から心ない言葉をかけられて傷つき、泣いて帰った「さっちゃん」。小学生になったらみんなと同じように手に指が生えてくるかと、母に問いかける。 指は生えてこないと真摯に答える母。答えを聞いた「さっちゃん」の悲しみと絶望。母と子の緊迫した対話に胸を打たれる。 園をしばらく休むようになってしまったが、弟が生まれたこと、父や母、友達や幼稚園の先生などに励まされて再び元気になって行く。きっかけのひとつが、産院からの帰り道に父とかわした会話である。 さっちゃんと手をつないで歩きながら、語りかける父のことばが素晴らしい。 『それにね さちこ、こうして てをつないで あるいていると とっても ふしぎな ちからが さちこのてから やってきて おとうさんのからだ いっぱいに なるんだ。さちこのては まるで まほうのてだね』と、励ます。 幼い子供と手をつないで歩くひとときは、ちょっと幸せなかけがえのない時間である。つなぐその手がハンディをもっている子供なら、なおさら思いは深い。 さっちゃんと手をつないでいるとき、父は娘をこころから愛おしく感じる。 子供の手のぬくもりから、元気をもらい励まされるのである。 苦難の少なくないはずの娘の人生に、幸多かれと願い、その手助けをしたいと思う父の覚悟が清々しい。 絵本の制作にあたってのいきさつ等は、下記のコメントを参照。 ◎野辺明子さん:著者の一人として、絵本「さっちゃんのまほうのて」を語る http://www.otonanogakkou.org/cont/teragoya/k...

岸和田・中之濱町だんじり、大修理後の熱気にあふれたお披露目曳行。

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だんじり祭を間近に控えた岸和田で、中之濱町のだんじりが8月3日ひとあし早く曳行した。 大修理しただんじりの、お披露目曳行である。修理を終えただんじりが、岸城神社にお参りして清祓いを受け入魂式。その後、たくさんの観衆に見守られて熱気にあふれた曳行を披露した。 朝6時からの曳行に合わせて早起きして見物に出かけたが、早朝にもかかわらずたくさんのだんじりファンが集まっているのに驚いた。 だんじりの前後、綱の曳き手や後に続くひとびとが多いのも印象深い。だんじり祭の本場ならではの現象だろう。 本番の連合曳きと比較して、曳き手の笑顔が多く、表情が和やかである。曳き綱の前やだんじりの後ろを歩く私服のひとたちの比率が、本番より多いような感じがする。単独のお披露目曳行ならではの特長かも知れない。 中之濱町は、通称「なかんば」。だんじりの本場・岸和田の中でもだんじり魂が最も熱いエリア・浜七町のひとつである。浜七町は小学校区の全町にだんじりがあることで知られている。 中之濱町のだんじりは、先代地車を空襲で焼失させた町民が、日掛けで資金を集め昭和26年に完成させた。 『岸和田だんじり讀本』の著者&編集者・江弘毅さんの下記ブログに、浜七町の祭り気質や中之濱のだんじりが出来上がった経緯について詳しく紹介されている。味わい深い内容なので一読してほしい。 *「日本一だんじりなエディター」江弘毅の甘く危険な日々:「かしみん」のこと http://nagaya.tatsuru.com/kou/ ちなみに、NHK朝ドラ『カーネーション」で小篠三姉妹のひとりジュンコ役を演じた女優・川崎亜沙美さんが中之濱町出身である。 だんじりの前部、正面欄干に横綱土俵入りの姿が木彫り像として据えられているのも面白い。江戸時代、城内で行われた相撲大会で町内の力士が優勝したことにちなむらしい。 だんじりを先導する纏や曳き手の法被の背中には、相撲の軍配団扇の中に「天下泰平」の文字が刻まれている。大工方の法被の背中にも「天下泰平」の文字がくっきりと。なかなか粋な、カッコいいデザインである。 市役所横のこなから坂からスタート。岸城神社、カンカン場、船津橋、大手町周辺へ移動。完成から60年以上を経て、数々の思い出を刻んだだんじりが大修理を終えて曳行する姿を...

伊勢大神楽の獅子舞と、岸和田だんじり祭をつなぐ赤い糸。

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だんじり祭を1ヶ月半後に控えた7月末の岸和田で、思いがけず獅子舞にであった。南町のだんじり修理入魂式後、地元の町付近を曳行する風景を見学した帰りである。場所は、紀州街道・本町まちなみ景観の保全地区。 白い上衣の篠笛奏者、真っ赤な獅子頭、獅子の下半身を覆う紺衣が色鮮やかである。黒っぽく渋い趣がある歴史的な町家建築の家並みに映えて美しい。 町のひとに訪ねてみると、伊勢大神楽の一行らしい。お伊勢参りに出かけられないひとのために神の使いが代わりに参拝、授与された神札を配りに地方の町や村を巡る。獅子舞と曲芸を披露しながら、無病息災や家内安全のお祓いをする神事である。江戸時代から行われており、無形民俗文化財に国から指定されている。 伊勢大神楽が岸和田市内を回檀するきっかけを作ったキーマンは、篠笛奏者・森田玲さんのようである。 森田さんブログの記載によれば、岸城神社での大神楽は平成15年に始まった。「昔はお伊勢さんから獅子舞が来ていたけれど、来なくなって寂しい」という話を何度も耳にしていた氏は、何とかして泉州地域への再訪を復活させたいと思い、岸城神社での「総まわし」を提案。岸城神社の賛同を得て再訪が実現し、市内の町々を巡るようになった。 岸城神社は、岸和田だんじり祭の核となる神社。だんじりが市役所横のこなから坂を駆け上がり、岸和田城のお堀端を巡りながら宮入りする先の神社である。 森田さんは岸和田高校出身、京大卒。岸和田高校は岸和田城のお堀端、岸城神社の隣にある府立高校である。伊勢大神楽との関わりの詳細は、下記ブログ参照。 ◎篠笛奏者・森田玲のブログ http://ameblo.jp/taminouta00/theme-10018296747.html 小学生くらいの少女の「よろしくお願いします」という声に導かれて、神楽の一行は紀州街道から海側へ路地を入り中町だんじりの前へ向かう。 中町だんじり前で、伊勢大神楽の獅子が舞っていたのにも理由がある。中町在住、だんじりなどの木彫を行う彫り師・河合申仁さんが、獅子頭の面を制作している。面の制作を仲介したのが、上記の森田さんである。詳細は下記ブログ参照。 ◎木彫刻「賢申堂」河合申仁のブログ http://ameblo.jp/kenshin-dou/ 獅子頭は、みごとな出来映...

身体障がい者陸上の日本選手権、選手たちの素晴らしいアスリート魂

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大阪のヤンマースタジアム長居で、6月7日・8日開催された第25回日本身体障がい者陸上競技選手権大会(日本選手権)をはじめて見学。選手たちが真摯に競技へ立ち向かう光景に心をうたれた。 以下、強く印象に残った選手たちである。 ■YouTubeマイチャンネル↓↓↓↓↓↓↓ : https://www.youtube.com/user/sharaku0001?feature=mhum ◎山本篤選手 短距離走、走幅跳。義足の選手。初日最終レース、4×100mリレーアンカーの躍動感あふれるフォームによる力走は圧巻。第一走者 多川知希、第二走者 佐藤圭太、第三走者 芦田創、アンカー 山本篤。日本のトップクラスの選手が400mを大会記録の45秒25で走破した。200m走では日本新・アジア新、100m走でも日本新を達成した。スズキ浜松AC所属。 *闘魂_男子4×100m http://youtu.be/3Zift8Dscco   ◎堀越信司選手 視力障がいのT12クラス。1500m・5000m走のランナー。修行僧、あるいは伝説的なマラソン走者・アベベを思わせるような静かで凛然とした表情で、スピード豊かに駆け抜ける姿が印象に残る。NTT西日本所属。 *闘魂_男子5000m http://youtu.be/M4BBYIdhKRs  ◎藤井美穂選手 走高跳、走幅跳、100m走。背が高く、若く清楚で美しい義足の選手。現代っ子のお嬢さんといった印象である。走高跳では義足をはずして片足で走り、前へ跳び込むスタイルで大会タイ記録。ヘルスエンジェル所属。 *闘魂_走高跳 http://youtu.be/1atYjFSSzEY ◎鈴木徹選手 走高跳。すらりとした長身、義足の選手。リズミカルに走る姿、高く飛翔する背面跳びのフォームが美しい。プーマジャパン所属。 *闘魂_走高跳 http://youtu.be/1atYjFSSzEY ◎永尾嘉章選手 パラリンピックで活躍。車いすレースのパイオニアと評価される選手である。1963年生まれ51才であるが、若手に負けず100m・200m・400m車いすレースで優勝。健在ぶりを示した。400mは大会タイ記録。アナオリアスリートクラブ所属。 *闘魂...

當麻寺、春の大祭。動く立体曼荼羅、練供養会式を拝観。

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5月14日。奈良県の西部、二上山のふもとにある當麻寺(当麻寺)春の大祭、聖衆来迎練供養会式を拝観してきた。 聖衆来迎練供養会式(以下、練供養会式)は、当寺で尼僧となった藤原氏のお姫さま中将姫が聖衆二十五菩薩に導かれて極楽往生する様子を再現。年に一度、1000年以上に渡って行われてきた法会である。 當麻寺・中之坊HP http://www.taimadera.org/ 當麻寺・西南院HP http://taimadera-sainain.or.jp/ ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/聖衆来迎練供養会式 http://ja.wikipedia.org/wiki/中将姫 1時過ぎに寺を訪れ仁王門をくぐる。白鳳時代7世紀に創建されたと伝えられるが、想像以上に規模の大きいお寺である。 屋台が並ぶ境内を歩くと、板敷きの細長い掛橋が見えてくる。幅1m長さ100m、高さはひとの頭くらい。練供養会式の舞台となる来迎橋である。正面に見える本堂・曼荼羅堂と手前の娑婆堂とを結んでいる。 練供養の法会は4時から。待ち時間に中之坊、西南院、本堂を拝観する。 本堂へ続く掛橋・来迎橋 多くの人でにぎわう境内 4時になり、練供養が始まる。僧侶と着物姿のふたりの少女に導かれて中将姫の御輿が、本堂から娑婆堂へ来迎橋を渡って行く。 西の本堂・曼荼羅堂は極楽、東の娑婆堂は現世を象徴している。姉妹であろうか、少女の表情や仕草が愛らしい。 中将姫の御輿と少女 中将姫の御輿を先導する少女 続いて僧侶が、本堂へ入り読経が始まる。男女の稚児さんたちが親たちに手をひかれて橋を渡り、次いで僧侶が歩む。 可愛い稚児さんたち 僧侶の行列 僧侶に次いで聖衆二十五菩薩が、黄金や白塗りの仮面を装って本堂から娑婆堂へ来迎橋の上を列をなして続く。 天女に導かれる二十五菩薩 黄金の仮面をつけた二十五菩薩 足音とともにシテ役の観音菩薩が現れる。仏の座る蓮華台を両手に捧げ、振り上げ振り下ろしながら、身をよじり、相撲の四股を踏むように左右に足を踏み分けながら歩む。次いで、勢至菩薩が白手袋で合掌しながら左右に身をよじり歩み、最後に、天蓋を掲げた普賢菩薩が来迎橋を娑婆堂へ向かう。 蓮華...

花は桜、桜は吉野。上千本から奥千本へ、吉野山を歩く。

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4月19日、吉野へ花見にでかけた。 朝日新聞の夕刊に、奥千本の桜は週末に満開との写真付き記事。京阪神の桜名所は数多いが、吉野は別格。夫婦で桜見物に遠出した。 吉野駅前から、中千本公園へ向かうバスに乗る。バスを降りて、坂道を奥千本行きのバス乗り場に向かう。 バス待ちの長い列が続き、1時間以上待ち時間がある状況。 上千本から奥千本へ向かう、ハイキングコースを歩くことにする。 <上千本・吉野水分神社、内庭の桜が桧皮葺きの屋根に映えて美しい> 上千本から奥千本へ向かうハイキングコースは、かなり急な坂道が続く。花矢倉付近からは、金峯山寺を眼下に見晴らすことができる。手前や向いの山の桜を眺めながら、夫婦ふたり息を切らせながら坂道を上る。 吉野水分神社の赤い鳥居が見えてくる。社殿は、1605年に豊臣秀頼によって建造されたと伝えられる。子授けの神として信仰されている。 http://ja.wikipedia.org/wiki/吉野水分神社  社殿によって囲われた内庭には、桜が満開。古びた神社の桧皮葺き屋根に桜の白やうす紅色の花が映えて美しい。子授け祈願であろうか。神輿が左右に2基据えられた社殿からは、神主さんの祝詞が聞こえてくる。ひなびた風情の渋い神社である。 吉野水分神社 内庭の桜 <上千本から奥千本へ向かう急な山道、途中の高城山は展望公園> 吉野水分神社でひと休みして、奥千本へ向かう。急な上りの坂道が続く。高城山の頂上は展望公園になっており、屋根付きの休憩所も設けられている。桜は、こちらも満開。 高城山展望公園へ上る坂道 高城山から金峯神社へ向かう小径 高城山の展望公園から金峯神社へ向かう道は、下り坂。道幅は約1mと狭いが、石垣や路面が整備されており気持のいい小径である。 小径を降りると車道にでる。車と人の行き交う道をしばらく歩くと、金峯神社の鳥居が見えてくる。  <奥千本・金峯神社。境内は修験道の聖地、大峯奥駈け道の一部> 金峯神社の鳥居から社殿へ向かう経路は、急な坂道。本殿の周りは見事な桜の大木が茂っており、満開。 社殿の付近からの見晴らしもいい。 金峯神社の参道 金峯神社境内の桜 吉野・大峯と和歌山県南部の熊野三山を結ぶ道は、...

新年のちょっといい話。「もうひとつの花園」全国高校ラグビーU-18東西対抗戦の開催趣旨。

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新年1月7日、全国高校ラグビー決勝戦を見学にでかけた。花園ラグビー場で行われた、東海大仰星高校vs桐蔭学園の試合である。 開始早々、東海大仰星高校が相手パスをインターセプトしてトライ。以降も、双方めまぐるしい攻防をくりひろげる激戦を制して、地元大阪の東海大仰星高校が優勝した。 キックはあまり多用せずパス&ランを基本にしたつなぐラグビー。両校共に足の速い選手が多く、パスを次々とつないで駆け抜ける。必死にタックルして阻止し攻守が入れ替わる、スピーディな試合展開。決勝戦にふさわしい好試合を観戦できた。 全国高校ラグビー U-18東西対抗戦 全国高校ラグビー U-18東西対抗戦 本題の新年のちょっといい話は、この決勝戦ではなく、決勝戦の前に行われた東西対抗戦である。 ウチに帰ってネットで調べてみたら、東西対抗戦の意外な開催趣旨を知ることができた。 <「もうひとつの花園」その効果と高校ラグビーを取り巻く現状>と題する斉藤健仁さんのレポートによれば、U-18東西対抗戦は、少人数校の高校生ラガーメンに花園ラグビー場で試合をする機会を与えようという趣旨で開催される。 東西対抗戦の選手は、全国高校ラグビーに出場した高校チームの生徒から選抜されたとばかり思っていたが、勘違いである。 事実は逆で、単独チームとしては花園の全国高校ラグビーに出場機会のなかった高校生から選抜した選手たちであった。 花園ラグビー場は、ラグビーの「聖地」とされる場所。高校野球で言えば、甲子園球場に相当する存在である。 チーム人数が足りず単独チームとしては公式戦に出場できない高校生ラガーにとって、「花園」でプレーできることがどんなにうれしく励みになることか。 One for All, All for Oneというラグビーの基本精神が示された、ちょっとウレシイいい話である。 「もうひとつの花園」U-18東西対抗戦。この試合を企画立案し、実現させたラガーと運営を支えるひとびとに拍手。そして何よりも、花園でプレーできる夢を励みにして黙々と練習に取り組む高校生ラガーたちに、こころからの声援を贈りたい。 ■「もうひとつの花園」その効果と高校ラグビーを取り巻く現状(斉藤健仁) https://www.jsports.co.jp/press/article/N2014010...

岩船寺と浄瑠璃寺。当尾・石仏の道を歩き、三重の塔が美しい京の古寺を巡る。

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11月初め、京都府南部の古寺に参拝してきた。奈良時代729年に、聖武天皇が僧・行基に命じて創建された岩船寺。平安時代1047年に創建された浄瑠璃寺。ふたつのお寺、いずれも三重の塔が見どころのひとつである。 岩船寺(重文)は瓦葺き屋根、浄瑠璃寺(国宝)は桧皮葺き屋根の違いはあるが、樹蔭にたたずむ姿はどちらも気品にあふれて美しい。 ■岩船寺 僧・行基ゆかりのお寺である。この僧侶は、国家守護の仏教から民衆救済の仏教へ変革させた「革命家」である。たびたび弾圧を受けたが、聖武天皇に認められ、東大寺・大仏建立の実質的な責任者を命じられた。布教活動だけでなく、水田の灌漑に欠かせない溜め池開削や架橋などの土木工事、布施屋建設など数々の社会事業を成し遂げた人物である。大阪府下最大級の溜め池・久米田池を開削したのもこのお坊さん。岸和田八木地区のだんじり祭では、久米田寺へ行基参りを行い、現在も遺徳に感謝している。 *行基  http://ja.wikipedia.org/wiki/行基 お寺の規模はあまり大きくないが、往時は広大な規模のお寺であったようである。ひなびた風情の山門をくぐると、正面奥に三重の塔が見える。本堂で行基作と伝承される阿弥陀如来座像にお参りした後、三重の塔へ向かう。コウロギであろうか虫の鳴き声を聞きながら塔の周辺を巡る。鳥のサエズリも聞こえる。のどかな風情のあるお寺である。紅葉は、まだ染め始め。樹々はまだ緑が多かったが、赤い柱と梁・白壁が背景の緑に映えて鮮やかである。 三重塔(遠景) 三重塔(近景) ■当尾の里・石仏の道 岩船寺から浄瑠璃寺へは、当尾の里・石仏の道をたどった。約1.5km、ゆるやかな坂道を下る30分程度のハイキングコースである。 当尾(とおの)地区は寺院や修行場が散在し、多くの磨崖仏が造立されたエリアである。石仏は行き交う人々の道しるべでもあった。 木蔭や田畑の間を抜ける道を、ミロクの辻・弥勒仏、わらい仏、眠り仏、カラスの壷二尊石仏などを眺めながら歩く。 露店の狐茄子 カラスの壷 阿弥陀仏 カラスの壷近くの露店(無人販売)で、生け花の素材としても使われるフォックスフェイス(狐茄子)を飾っていた。お代はワンコイン100円なり。手荷物としてはかさばるが、珍しいので買ってしま...

大阪マラソン2013、車いすランナーの激走に拍手

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大阪マラソン2013を見学してきた。約3万人のランナーが参加する大規模なマラソンである。 目当ては、昨年、一昨年と見学して感心した車いすによるフルマラソンの撮影である。 42.195kmを走りきるだけでも大変なのに、腕と手と上半身を駆動力にして車いすで走行する苦労は計り知れない。上り坂などはかなり辛いはずだ。 今年の車いすトップ走者・花岡伸和さんのタイムは1時間35分28秒。マラソン男子優勝者の記録2時間12分06秒よりも30分近く早い。 主催者の発表によれば、フルマラソンの完走率95.1%。参加した走者の奮闘も素晴らしいが、車いすランナーの激走にもアタマが下がる。 大阪府庁前のスタートから撮影開始。大阪城のお堀にかけられた橋を上がり下がりしながら、レース前に走者がウオーミングアップしている光景が絵になる。 地下鉄で移動してレース途中の様子を御堂筋本町界隈で押さえ、ゴールの南港インテックスへ急ぐ。昨年、一昨年と車いすトップのゴールイン光景を撮り損なっていたが、今年はうまく間に合った。 ゴールへ向かう上り坂を、チカラをこめて上ってくる車いすランナーたちの姿が印象的である。 車いす1位 花岡伸和選手 男子1位 ジャクソン・リモ選手 マラソン男子・女子共に優勝はケニアの選手。男子1位ジャクソン・リモは、フルマラソン初体験で優勝。40kmあまりを走ってきたとは思えないほどのスピードで、ゴールへ向かって駆け抜けて行った。走行フォームも美しい。 女子の部、2位の吉住選手は小柄な色白の選手である。素晴らしいスピードで坂を駆け上がる姿が清々しく爽やかである。

EOS 7Dで鳳だんじり祭の撮影にトライ、動画モードも実戦初体験

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10月4・5・6日は、堺市各地でだんじり祭が開催された。4日・5日は、鳳だんじり祭を見学。CANONの一眼レフEOS 7Dで撮影にトライした。従来のKiss 4Xと比較しながら、現場で本格的に使用してみた。 EOS 7Dの連写性能 撮影サンプル ■連写と連続撮影枚数:素晴らしい高性能 静止画は記録画質、Lファインに設定。連写性能はカタログ公称の通り、秒8コマを難なくこなす。 2〜3枚撮影すると画像処理のため止まってしまう、Kiss 4Xとは雲泥の差である。 連続撮影枚数も、シャッターを押し続けていれば数十枚は楽々いける。 走り抜けるだんじりの大屋根で飛跳ねる大工方の姿も、スムースにピントを合わせながら追尾できる。 だんじりを引っ張る前綱の子供たちや青年団の躍動感あふれる姿も、無理なく撮影できてなかなかシブイ一眼レフである。 ■動画モードによる撮影:ピンぼけシーンもあり、ちょっと問題 だんじり撮影は、観客も多く危険なので基本的に三脚は使えない。動画も手持ち撮影せざるを得ない。 初日4日鳳&八田荘地区交流曳行と、商店街を駆け抜ける5日午後の熊野街道曳行を7Dの動画モードEOSムービーで撮影してみた。 四つ角のやり回しが見せ場の交流曳行、直線コースを猛スピードで疾走する熊野街道曳行。いずれも、意外と手ぶれせずに撮影できたのがウレシイ。カメラのサイズが大きく重いことが、手ぶれ防止のためには却って効果的なのかも知れない。 問題は、ピンぼけになってしまうシーンがあること。半押してピントをあわせたつもりでも、一連のコマが合焦しないまま動画になってしまう。オートフォーカスが上手く機能する場合も多いが、機能しないケースも結構多い。この点では、Kiss 4Xの動画モードの方が優れている感じである。 よく似た名称の、一眼レフEOS 70D。7の後に0がつく最近販売されたこの機種は、7Dのこうした欠点が大幅に改善されているようである。 5日午前、鳳大社へ10台のだんじりが宮入りと宮出しをするシーンはSONYのビデオカメラCX720Vを使用した。こちらは動画専用なので、オートフォーカスに関しては何の問題もない。 一眼レフで動画を撮影しようとすること自体、やはり無理があるともいえる。しかし、一眼レフとビデオカメラと...